オゾック通販

オゾック:O・Z・O・C
コンピューターメディアが企業のマーケティングなどにおいて高効率を発揮しだした1990年代の始め頃、ファッション業界も例外ではなく“A/T”の創設者、田山淳朗が真っ先にコンピューターを駆使したマーケティングに着目し、日本の大手アパレルメーカー“ワールド”の中の“O・Z・O・C”のチーフ・デザイナーに抜擢されたことも手伝い、顧客ニーズをコンピューター解析により的確に捉えた迅速な販売展開を開始した。

デザイナーの田山淳朗は1974年、文化服装学院卒業後、75年“ワイズ”に入社。78年にはフランスに渡り“Yohji Europe s.a.r.l”を設立。帰国後、“ワイズ”を退き、82年に“A/T”を設立し、85年、東京コレクションにデビュー。86年には第10回毎日ファッション大賞新人賞・資生堂奨励賞受賞。90年から4年間フランスの“キャシャレル”のデザイナーを務めるなど、日本とフランスを往復するような形で活躍し、その才能を開花させていく。とくにキャシャレル時代で培われたマーケティングのノウハウは貴重な財源となり、コンピューターと合いまみえることによって、抜群の効力を発揮し、93年スタートの“O・Z・O・C”は東京、パリ、ニューヨーク、さらにアジアにも進出し、98年には184億円にも及ぶ収益を得るまでに成長した。

デザイナーの独創能力に頼るのではなく、客観的な立場から顧客のニーズを正確に捉え、多くの人たちから喜んでもらえる製品の製造販売に務めたことが“O・Z・O・C”を成功に導いた。96年からは板倉慶二がデザインを担当。

デザイナー田山淳朗はの活躍の場は消費者を対象にしたフィールドだけに留まらず、2005年、愛・地球博のトヨタグループ館の来館者サービス業務を行うスタッフのユニフォームや、航空会社“ANA”の客室乗務員のユニフォームをデザインするなど、多方面においてその才能を発揮。ユニフォームをデザインする際においても、まず先に現場の人たちの声を訊いてからデザインを起こす手法を取り、常に着る側の要望を尊重し、製品提供を行ってきた田山らしさが伺える。

こういった田山の服作りの理論は未だ“O・Z・O・C”の中に強く生きづいており、“O・Z・O・C”は顧客の声を謙虚に受けとめる姿勢を崩さず、コンピューターをフル活用し、正確な販売計画を立てることによりコストダウンを図り、今いちばん求められているものをリーズナブルな価格で消費者に提供する形態を維持し続けている。

オゾック通販




人気ブログランキングに参加中!
参加するとこうなります!★
Comments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ! ブランドの歴史 

トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔   
 
 
 
Adminiプロフィール
ブランドのお勉強コーナー
国別ブランド